潜れども潜れども

4月13日の視聴

 

・『【推しの子】 #1』

→原作知らんが、初回からえれえ結構コミカルなのだな。

→“推しの娘”でなく「推しの“我が子”」なのー!!!

→死んだ!

→しかも転生モノかよ!!

→うーむ、無理がありすぎる。仲間のメンバーが気づかないわけがあるまいに。

→産後のカラダは、そんな簡単に回復しちゃいないだろ。

→双子のカタワレ、“サリナちゃん”なのでは?

→ほら。

→…どこを目指してるマンガなのだ?

→オタ芸する赤ん坊がいるか!

→もう1年後?!スゲー歩いてんな!

働き方改革

→監督、赤ん坊に何しゃべってんすか。そんな対等に話せる相手なわけねーだろ。てかマジで何歳設定!?6歳くらいか?

→役者になるのか…?

→こいつらまだ4歳なの?!マンガ家さん、幼児の体型や歩き方、さすがにもちっと…いや、それも含めて早熟BABYってことか?!

→ん?葬式してなかった?「遺体がまだ見つかってない」とは?

京極夏彦…。あ、サイコロ本、て呼ばれてんだ。

→今のSNS事情なら、あの「オタ芸BABY」と「子役の彼」が同一人物であることくらい、すぐに突き止めそうだけどなー。

→このアイドルの歌は良いよね。

→幼児が処女受胎とか言い出した。

→捕まった“アイの実母”がのちのち出てきそうな気がするな。売れれば売れるほど、惜しくなるでしょう?そんな殊勝な母親じゃなさそうだし。

→な!まさか、こっちも死ぬのか?!

→最期のコトバは…。

→ゾクリ。

→え、探偵モード発動???

→うお。デカくなった。

⇒YOASOBIだとは思ったけど、こんなアイドル的な歌も作れるんだな。すげー。

→1歳の、誕生日。

→序盤のアレコレのメチャクチャさ、プロローグ扱いすることで完全に消し去ったな。そして、大いなる復讐劇に。…まあ、その間にこの子らを生かしておく理由もないが…。母親を殺す理由も無くない?

 

 

・『ザ・バックヤード 知の迷宮の裏側探訪「海洋研究開発機構JAMSTEC)」』

→2ndシーズンスタート!てこと?

JAMSTEC(ジャムステック)、なんか他の番組でも観た記憶あんだよな…なんだっけ。

→あれだ!『サイエンスZERO』でもやってた、西之島研究⇩の田村芳彦研究員の所属先だ!通りで聞き覚えが。

 

【2022年『10月22日の視聴』→https://moritsin.hatenablog.com/entry/20221107/1667756430

 

→リポーターは照英。案内は報道室・上田健。

→しんかい6500!私が子どもの頃はまだ「しんかい2000」だったのになあ…。

→鯨の骨を沈めると、こんなに色んな生物が張り付いて…ホシムシ。

→ベイトカメラが収める、相模湾駿河湾…?どっちよ!)のカグラザメや、南西諸島海溝のイタチザメ。そんな生態系の頂点“トッププレデター”!

→新種、ヨコヅナイワシ(2016年発見)。シーラカンスみたい。…こいつもトッププレデターなんだ。トッププレデターの役割、とは?

→陸上の例だと…アメリカのイエローストーン国立公園で。トッププレデターであるハイイロオオカミをすべて駆除したところ…そのエサであったアメリアカシカが大増殖、森の木々を食い荒らして崩壊!…トッププレデターがいなくなるのは、危険なのだな。…ゴキブリとかも、なにかのトッププレデターだったりするのか…?

→海に浮かぶプラスチックをも研究?「海洋プラスチック」研究。

→海面に見えているプラスチック、全体の1%も無いの?!うひょー。すげぇ、海底にメチャクチャ沈んでるわ。

→マイクロプラスチック、もう砂と大差ないやん…。これをマシンで見つけよう、と?「自動マイクロプラスチック分析装置」。

小笠原諸島南方、“福徳岡ノ場”の海底火山の噴火で、軽石が流れてきた?!絶対西之島の流れかと思ったら…。

→スーパーコンピュータ“地球シュミレータ”。そりゃ静脈認証せんと入れんわ。

→「黒潮大蛇行」。そんな有名な用語なん?地学でやるかな?

 

 

・『NHK高校講座 日本史「貴族社会と摂関政治」』

→再⇩。平安時代中期。9世紀半ば〜11世紀半ば!

 

【2022年『5月25日の視聴』→https://moritsin.hatenablog.com/entry/20220531/1653924436

 

→明治あたりの回だと、モデル2人は左側なんだけど、この平安あたりは右側なのよね。どこが境目でチェンジしたん?

→10円玉の常盤木(ときわぎ)。常緑樹のことなんだ。

平等院鳳凰堂藤原頼通の元・別荘だったの?!それを寺に。

→えーと、道長は長女と次女をそれぞれの天皇の后にした挙げ句、孫(後一条天皇)の后に、さらに下の娘を差し出したのん?年齢はしらんけど、「叔母と甥の結婚」ってことよね?無茶するなあ。

中宮と皇后の違いがよーわからん。

紫式部の性格の悪さたるや。

摂関政治藤原氏北家。伝統や儀式を重んじる貴族政治に…。

→具注暦の空欄にメモ?!その日の出来事を書いた道長。日記か!

→権力から外れた貴族が、地方の国司(受領、ずりょう)に…。公務員かよ。

菅原道真はなぜ、遣唐使停止を…唐が滅ぶのを予見してたわけじゃないよな…?

※前回も同じこと書いてるな

→広島の厳島神社って“寝殿造”なんだ。中央に寝殿、東西に対屋(たいのや)。

→ひらがなの発明が、勅撰和歌集の編纂に寄与している、ということ…?

⇒「おた話」は当時の庶民の暮らし。絵巻物「信貴山縁起絵巻」。猫飼ってる?!

→国風文化のイメージ、「中国の文化を日本風に作り変えた」カンジなのね。完全なる独自文化、てほどでもなく。

 

 

・『NHK高校講座 日本史「憲法制定」』

→再⇩…だけど薄い視聴だな。もう一度ちゃんと観るか。

 

【2022年『6月24日の視聴』→https://moritsin.hatenablog.com/entry/20220628/1656394069

 

明治神宮半ば!19世紀後半。

→うーん。…ずっと分からないのはさ。<b>欧米諸国とすれば、不平等条約をそのまま日本に突きつけたままにしておいた方が得</b>なのに、なぜ条約改正のテーブルに着いたのか、てことなのよ。圧倒的武力があれば、そのまま日本を(植民地とはいかないまでも)生殺しみたいな状況にも置けたんじゃないの?そこが解せない。

→「五箇条の御誓文じゃ不平等条約改正に足りなかった」とは?あー、憲法レベルの価値はない、と判断されたか?たしかにアレ(五箇条の誓文)を“法”とみなしたこと、なかったな…。

伊藤博文1886年から憲法草案に着手。3年後の1889年2月11日、欽定憲法(君主の意志によって制定された憲法)として、大日本帝国憲法・発布。天皇の権限大きいな。とはいえ、ここから、3代60年弱で、その権現は奪われた訳だがね。

→臣民の権利と義務。

→これを三権分立と呼んでいいのか…?海外から高く評価された、大日本帝国憲法明治憲法)。

憲法の制定と同時に、「衆議院議員選挙法」が公布!てことは“憲法&選挙法→選挙”、の順か。そりゃそうなんだけど、言われないと分かんないよな。

→第1回選挙(1890年)は“直接国税15円以上を納める、満25歳以上の男性”のみ。のちに制限(税の)が徐々に引き下げられ、有権者増加。

※欧米もこの頃は有権者に制限があったので、特別悪質とかではない

→民党(民権派)と吏党(政府系)の違いが分からん。それぞれ、野党と与党、みたいな意味?

→で、第1回帝国議会が開会(1890年)。同時に、憲法が“施行”。てことは、さっきのと繋げると憲法発布&衆議院議員選挙法→第1回衆議院議員選挙→第1回帝国議会&憲法施行”てことね。

→議会白熱!山縣有朋内閣(軍備拡張!)vs.民党(減税で国民負担を軽く!)。今とおんなじだな…。って、あれ?“山縣有朋内閣”なの?伊藤博文でなく???

→会期末ギリギリ、政府は一部妥協して、予算案成立。

→第2回帝国議会では、政府の事業計画の多くが否決。予算案が削減。政府は衆議院を解散して対抗!…って、帝国議会って1年に1回とかじゃないんだな。今の日本国憲法と違い、通常国会臨時国会の区別が無かった、てことかな?

→そして第2回総選挙。民党の邪魔をする吏党。しかし勝ったのはまたもや民党!政府と政党は互いを尊重し始める。さあ、条約改正の準備は整った!

→条約改正への苦難の歴史。

→1879年、外務卿に井上馨(1836-1915)就任。欧化政策に手を付ける。日比谷に鹿鳴館。東京の会議(1886年)に、「領事裁判権の撤廃」と「関税自主権の回復」を要求!高校入試で出るやつ。…イギリスが最後まで抵抗して一部のみ認めるだけ。

→そんな差中の「ノルマントン号事件」。日本人乗客は救助されず全員死亡。まあ、日本人は蛮族扱いなのだろうな。イギリス人船長は禁固3ヶ月のみ。ブチ切れる日本国民。妥協案に憤る議員。考証は無期延期(1887年)。井上馨は辞任。

→続く外相・大隈重信がさらなる妥協案で再挑戦するも、大隈が襲われ再延期。しかし、ロシアがアジア進出を目論むのに伴い、イギリスが軟化した!チャンス!?

→間の悪いことに、大津事件(1891年)が!ロシア皇太子に巡査が切りつけ、外相・青木周蔵(1844-1914)が責任とって辞任。またも交渉失敗。うおーい!バカな味方が一番足を引っ張る。

→次の外相・陸奥宗光(1844-97。早死に?)が、青木周蔵を交渉の場に復帰させ、イギリスに派遣。そうよね、青木さんなんもやらかしてねーもんな。

→そして1894年。「日英通商航海条約」で、領事裁判権撤廃(関税自主権も一部回復)!やったー!他の欧米諸国とも結び、1899年から実施。

関税自主権の“完全”回復は1911年

⇒おた話。天皇の妻、皇后にスポットを。今まで十二単だった皇后が、憲法発布式で初めて、肌の出る洋服を!

 

 

 

 

つながりつながり。