Eテレのち・か・ら

7月2日の視聴

・『ロンリのちから 第4話「接続表現・ことばをつなぐ」』
→例文前半の「感情を持つのは人間らしい」。まあ、植物や無機物に感情は無さそうだが、人間がそれらを観測する限りでは現状正しい、としよう。接続表現のあとの後半「感情を持つ動物もいる」。これは人間が動物の範疇だとすると、“も”の表現は不適切だな。
→と、すると文を作る側がまず「人間と動物は別の存在」と定義した上で、「基本的に感情を持つのは人間のみ」であり「動物が感情を持つのは珍しい事象」と思っているということ。で、あれば「しかし」の方が適切では?
→ビンゴ。「ただし」は前半強調なのか?そうとも言えない気も。
→「なぜなら」は理由があと、「だから」は理由が先。


・『ロンリのちから 第5話「水かけ論・理由を言う」』
→丁寧に。これは相手へのリスペクトの話だな。循環論法に陥らないために。


・『ロンリのちから 第6話「暗黙のロンリ」』
→野菜が高価で喜ぶのが「野菜嫌いだから」、という例で伝えていたが、自分はてっきり農家の立場に立ってるのかと思っていたわ。暗黙の了解も色々だな。
風が吹けば桶屋が儲かる、の説明、長い。しかもあり得なさそう。


・『ロンリのちから 第7話「仮説形成」』
→仮説形成の大切さを示す「有名なエピソード」として、19世紀のウィーンの病院のハナシ。第一病棟の方が、第二病棟より産後の母親の死亡率が高い、てやつ。⇩でも挙げられてましたね。あんな単純なことだとは…。よく発見したものだ、ゼンメルワイス

→ロンリの無力。


・『ロンリのちから 第8話「否定のロンリ」』
→「二人とも帰らなくてはならない」の否定は、「二人とも帰る“必要はない”」じゃないかな?では、「二人とも帰ってはいけない」の否定はなんだ?これも同じ「二人とも帰る“必要はない”」なのかな。
→まあ、既に監督役の子が「一人だけ帰ればいい」って言ってるからその通りだよな。
→「風が吹けば桶屋が儲かる」の否定は「風が吹けば桶屋が儲か“らない”」でない。これは、ある現象を否定するには、その仮定(風が吹く)による結論(桶屋が儲かる)からなる、すべての具体例を否定せずとも、「具体例1つだけ否定すればよい」ことを示している。だから「風が吹けば桶屋が儲かる」の否定は、


「風が吹いても桶屋が儲かるとは限らない」

で決まりかな?
→オッケー。なるほど「あることの否定は、そのこと以外の全てを表している」か。


・『ロンリのちから 第9話「類比論法」』
→「類比」の部分が「似ていない」と判断されると、途端に説得力を失う。それが「類比論法」。
→今回の演劇の核心、「生まれた感情が“憎しみ”ではないから戦争にはならない」は、実は違うと思うんだよね。愛が戦争を生んでるんだぜ?

・『ロンリのちから 第10話「合意形成」』
→合意形成のための原則:意見の対立を人と人の対立にしないこと
→難しい。「誰が言ったかは考えず」「意見そのものを検討する」という自らの思考を中庸に置く技術は、かなり高度では?
→どちらかに決めなければいけない、という思想からぶっ壊さねばならないのだな。
→おおすげえ!合意の成された、壮大なストーリーが出来た!!
→他人を言い負かすために『ロンリのちから』があるわけではない、ということを示す良い回。
→第1期(全10話)の最終話だったらしい。どおりでいい回。…いや『最後だからいい回』に根拠が無いな。危ない危ない。

・『メジャーセカンド2 第13話「さあ準決勝!」』
→キーマンは関鳥だったか…。

・『金曜ロードSHOW!「おおかみこどもの雨と雪」』
細田守さんは犬系のケモノ、好きよね。『サマーウォーズ』のアバターもそっち系だったし。



つながりつながり。