『鉛筆と、シャーペンと、、、』

私は鉛筆が好きだ。

大学の授業で、式や図を描く作業が多々あり。描くスピード重視で(授業中は)ボールペンで殴り書きしたものを、帰宅して必要部分のみ“鉛筆で”清書し、そこから練習問題を作成し、テスト前に利用したりもしていた。

Bと4Bを使っていたように思う。特に4Bは、円がキレイに描けるので重宝していたし、教科書のアンダーラインにも頻繁に使っていた。蛍光ペンみたいな液溜まりもできないし。

私はシャープペンシル(シャーペン)が好きだ。

小学校高学年くらいから、高校1年くらいまで、長きにわたりお世話になった。中3(!)で転校していった友人がクラスメート全員に配った、「淡い思い出のあるシャーペン」は忘れられない。

どこで手に入れたか今となっては思い出せないが、「縦に振ると芯が出るシャーペン」も覚えている。初めは、「中でなんか壊れてる?」と不良品扱いして捨てようとしたことすら懐かしい。

その芯の細さと筆圧ゆえ、ノートが破れかねないので下敷きは必須であったが、鉛筆と比べ何本も持つ必要がないので、缶ペンケース(!口にするのも10年ぶり…)が小さめだった私にはありがたいアイテムだった。芯ケースを盗んだアホなクラスメートいたなあ。
※朝あった芯のケースが1時限目でもうなかったので、担任の授業時に「誰かに盗まれました」って大声でチクったら、給食前あたりに犯人が「チクるなよ…」て自ら返してきた。アホである

あ、ちなみに高校受験は、シャーペン芯の交換で焦りたくないから「鉛筆1ダース」持っていきました。消しゴムも2個。


そして。
私はボールペンが好きだ。

ここまでの人生の、後半はほぼほぼボールペンしか使ってないくらい。長きにわたったシャープペンシル歴より長くなった。黒鉛ベースの、書き直しができる筆記具は、大人の世界で使用する機会が少ない、ということだろうか?今や鉛筆もシャープペンシルも持ってない。

高校1年の時、「筆圧もかからない、しかも“書き直せない”ことで集中力が上がる」という友人の触れ込みで、授業でボールペンを使い始め、まあその結果大学で「授業ボールペン、清書エンピツ」というスタイルに行き着いたわけだが。集中力が上がったのかどうかは、未だに不明だ。


とまあ、筆記具の好みなんて千差万別で、しかも世界には私の知らない筆記具だって山ほどあるわけで。地面にしか字を書く環境がなければ「木の枝」だって筆記具だ。

そんな「筆記具」を制限する向きが、一部の学校サイドにはあるらしい。

さすがに“木の枝”を推奨はしないだろうが、軽いし疲れないし、“鉛筆”を推奨するのは別にあってもいいだろう。が、


「鉛筆を推奨する」ことは「シャープペンシルを禁止する」ことと同義ではない

のだが、当の教員たちはそれを理解出来ているのだろうか?

◆◆

ここまでの、私個人の感想をもってしても。
筆記具それぞれのメリットデメリットがあり、「シャープペンシルの“方で”描くことが楽しい」生徒がいるのは、想像に難くない。それは「鉛筆の“方で”描くことが楽しい」生徒の楽しさを一切阻害したりはしない。
※この件で、先日「なぜ鉛筆だと描くのが楽しくなくなるんだ!答えろ!!」というトンチンカンな輩がツイッター上で発生したが、それはまた別のハナシだ


だから。
筆記具に限らず。
学校という狭いハコでしか生きられない「教員の方々」には難しいのかもしれないが。

なにかを「禁止する」発想の裏には、なにかを「推奨する」(というか、そうしてほしいという)“欲求”が隠れていることを意識してほしい。

それを“欲求”として生徒たちに伝えることをせずに、安易に「禁止」に飛びつかないで頂きたい。

切に望む。






…ダメ?